すべては両親から。



父が年末にちょこっと入院したその時に

同室のおっちゃんから聞いた 長野のりんごの話


早速 退院してから

被災したりんご農家さんの足しになれば…と被災りんごを購入したいと言った



どこにアクセスすればいいかメモしていたのは

病院の封筒に

腎臓の絵が手書きでざっくり描いてあるその横だった



年が明けて 蜜がたっぷりの甘いりんごが届いた


お礼のメールを送るほどに美味しかった



***



ある時には

UNHCRのミニタオルが家のテーブルに置いてあった


グレイで女の子が描かれてある



UNHCRが出しているにしてはコストがかかってそう


この団体は きっと誰かれ構わず配るくらいなら 

必要としている難民にお金をかけるだろうと推測し

どこかの企業か販売店の販促品かと 別のロゴを探すけれども見当たらない



母が「お父さんが前に退職金をちょこっと寄付したことがあるから

時々振込用紙と一緒に送られてくるのよ」と教えてくれた



***


父と母は 親戚の理解や協力もあり

SDGsを勉強にセミナーを聞きに行った


母は専業主婦、父も個人事業主となり なかなか時代の流れに敏感ではなく縁遠い


そもそも セミナーや勉強会に行くタイプではない


SDGsの切り口で 活動を取り上げてくれた熊日新聞がきっかけとなった



「勉強になったよ!」と帰ってきた


***


その新聞といえば

年始に大きく新聞に載せていただいたわけだけど

母の知人が「親を超えたね」と言ったそうだ



違う


こんな親がいたからこそ私が何かをしようと思うことができただけ


私たちが小さい頃に親がどこかに寄付をしていた記憶はない

だけど人一倍優しくて大事なことをきちんと分かっている人たちだ




今日は誕生日です

いくつになったかは乙女心を察して欲しいけれど(殴らないで)

歳をとってからの方が人生が格段に面白い



そろそろ

「両親のおかげ」を表現できる一年にしたい




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