食べるならこれを。
以前 お肉を食べないということを書きました
自身の好き嫌いの問題もありますが
気候変動に大きく関わるということが理由の一つです
そして
「そこまでして食べなんのかな」
と思うほど残酷な命の工場からくるお肉が大きく流通しています
肉食が 気候変動にどう関わるのかということから見ていくと
①穀物飼料の生産地や放牧地を確保するために森林が伐採される
②牛のげっぷは まじでまじでまじで温室効果ガス大量放出(車が出すそれよりも)
③家畜を育てるのに持続不可能なほど大量の水が必要
①は飢餓問題にも繋がります。
家畜の穀物飼料を作るためにつかう農地を もしも人間の食用に充てられたら
飢餓に苦しむ人に食料が渡ることになると言われています
直接引き金を引いていないだけで
巡りめぐって 何かの犠牲の上に成り立つ私たちの生活が ここにもあるんですね
罪悪感を持たせようとしているわけではなく
学びの場と思っていただければと幸いです
わたしは「肉食は悪」と結論づけることは違うと思っています
考えるべきは「量」と「質」
経済ファースト人間ファーストを求めることで
産ませられ 太らせられ つくられる食肉の量は考える必要があると思います
大切なのは「どんな肉をどのくらい食べるのか」ってこと。
熊本・産山村であか牛の畜産業を営む俊介さんと出会いました
阿蘇にはご存知のようにたくさんの草があります
霧の中 その草を食べて育つ牛に会いに行きました
草原で好きなだけ草を食べては反芻し
空の下 好きなように よったよった動き回って育つ牛
とても穏やかでした
ツノを切られてない牛も多く 鳴き声も荒々しくありません
俊介さんの牛舎にいる牛も同じでした
牛舎でも同じように草メインのご飯
自分たちで収穫したり 手間はかかるけど それを選んでいます
ゴロゴロしながら反芻をするのが
牛にとっては至福のリラックスタイム
だけど穀物飼料だけを食べるとそれがあまりできません
満たされていると動物も穏やかなのかな
草原で育つ牛はよく歩くので筋肉質になります
牛舎の中だけで肥育される牛は脂が乗って柔らかくなります
人間が美味しく感じるのは 後者
だけど俊介さんのところで育った牛はスジを丁寧に取り除きます
それに 脂っこくないけど口どけ柔らかだから
「大丈夫かな」ってちょっと心配になるようなおじいちゃんおばあちゃんも
ペロリと食べられるとお聞きしました
これまで 残酷な命の工場も見ました
ただ肉になるためだけの命がずらり
好きなように動くこともできず
ゴロゴロさせられ太ることだけを望まれる命もありました
そんな家畜たちの目を見ることができませんでした
どこで育てられた家畜でも
行き着く末は「命をいただく」わけだけど
こことそういうところは大きく違って
苦しくありませんでした
「早くここから去りたい」
と思わなかった
産山村の池山水源に行く道にある『山の里』
ここは俊介さんのご一家が経営するお食事どころと民宿です
3切れ 牛肉をいただきました
私にとっては半年分くらいになります
美味しかった
柔らかかった
食べる機会があるときにはこうやって丁寧に育てられた肉をいただきたい
うちのとーちゃんも連れていこう
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